皆様こんばんは。紙の折り過ぎで指が痛いです。またきれいに折るために紙の合わせ目をガン見で目を酷使。何だかもう眠いです。どうも!!石屋ブロガーを目指してここ数日は残業続きの湊和也です。

今夜は早めに休みたいですけど消防団だ~。飲み過ぎちゃうな~(笑)

さてさて。現在は福島市渡利地区の瑞龍寺様寺墓地で墓所新設工事を進行中。本日は朝から雨でしたが、お昼前には止みましたので午後から現場開始となりました。午後2時ちょっと前に現場の様子を見に行ったのですが、弊社の一番のベテラン職人さんから、「和也くん。あそこに見えるあのお墓見てきてみ~。」と促されました。んで行ってみますと、何と古くに弊社で施工したお墓ではないですかっ!?(゚д゚)

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そのお墓にはこれが貼ってありました。これは弊社の創業者である僕のじいちゃんが、現役バリバリの時にお世話になったお墓によく貼ってあります。どうやらうちの一番のベテランさんはこの施工に来ていたようです。とにかく驚きました。地元のお墓で見かけるのは頻繁にありますが、まさか福島市の渡利地区で見かけるとは夢にも思いませんでした。んでいつ建立されたお墓か確認しますと・・・・・

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昭和54年5月(゚д゚)僕が生まれる七ヶ月前のお仕事。僕はこの頃はすでに母親のお腹の中でしょうから、初孫しかも男孫の誕生を待ち侘びて、じいちゃんはテンション高くこのお仕事したんだろうな~。ちなみにじいちゃんは4人の子宝に恵まれましたが全て娘。つうわけで僕の父親(社長)はお婿様です。母親が石屋の長女ね。んで今のところ僕は2人の子宝に恵まれましたが全て娘。ワオッ(笑)まあ余談は置いておいて。このこともあってじいちゃんはルンルン気分でお仕事していたような想像ができますね。

実は福島市には古くにじいちゃんがお世話になったお墓がけっこう存在しています。特に多いのが庭坂地区と笹木野地区。あと方木田で見かけたこともありますね。地元出身でそちらに移り住んだ方で、何かとお墓のお仕事を紹介してくださる方がいらっしゃったようです。ありがたい話ですm(_)m今では福島市でのお仕事は何てことなく可能です。でも当時は道路状況も今ほど良くはないでしょうし墓地用クレーンもない時代。当時の福島市でのお仕事は大変な遠征だったろうな~と感じます。というわけで本日見かけたお墓、僕にとってはじいちゃんの血と汗の結晶に見えるんだな~。そしてそのお墓一つ一つがきっと弊社の礎なんだな~。

㈲ミナト石材の創業者。僕のじいちゃん。湊 芳夫は偉大です!!

でもね。老舗の看板には甘えません。「㈲ミナト石材なんて世の中の人は誰も知らない。」この気持ちを持って、SNSでの発信などつとめて行きたいと思います。

重ねてでもね。こちらのお墓はやはりかなり古くなってきているので、「湊芳夫の孫です!!じいちゃんがお世話になりましたお墓。孫の僕にリフォームさせてください!!」こういう御提案に上がろうかと思います。じいちゃん。老舗の看板に甘えないって言ったけど、これくらいは甘えさせて(笑)

 

(´∀`)ひそやかに石材業界の発信KINGを目指しま~す♪(´∀`)

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この記事を書いた人

湊 和也㈲ミナト石材 専務取締役
福島県二本松市小浜 ㈲ミナト石材 専務取締役。120年続く石屋の五代目です。お墓は「大切だった亡き御家族様の安らかな眠りを願う、残された御家族様の祈りの象徴」です。この私信を胸に、僕は人を想ってお墓をつくり続けます。・・・・・とまあ、お堅い自己紹介はここまで(笑)お酒大好き!!お祭大好き!!二人の娘を持つ石屋のおとっつぁんです!!最近は腕時計の収集に夢中~。と言っても高級品ではなくチープカシオね(笑)ブログは毎日更新しています。お墓づくりに不安のある方や疑問をお持ちの方の一助になれれば、僕にとってこの上ない喜びですっ!!
㈲ミナト石材の創業者であるじいちゃんの偉大さをあらためて感じた。

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